2008年04月23日

747 ジャンボをつくった男

こんにちは!今日もよろしく、お願いします。


ちょっと、更新に間があきました。

引っ越しをして、1ヵ月が過ぎました。

ようやく、長距離通勤にも慣れました。

実は、

私自身、昨年の4月から、とあるソフトウェア会社を、

父から引き継ぎ、代表になりました。

それが、理由で、ブログの更新が滞ったわけではありませんが(汗)。


この度、業務命令というわけではありませんが、

ブログの一部を社員に引き継ぐことになりました。

会計本・経理本は、このブログより、

「経理の玉手箱」というブログを紹介することとし、

「たか」が管理人を努めさせていただきます。

本文自体は、社員全員がローテーションで書いています。

こちらは、ボチボチ続けていこうと思います。

新幹線に小一時間も乗るので、毎日、書こうと思えばかけるのですが、

おにぎり食べたり、DVDを見たり、PCで仕事をしたり。

今まで、できなかったことを、アレコレしてしまいます(笑)。




『747 ジャンボをつくった男 』ジョー・サッター、ジェイ・スペンサー(著)
出版社: 日経BP社 (2008/3/13) ISBN-10: 4822246523

まえがき

 第1章 気がつけばいつもそこに
 第2章 大学と戦争
 第3章 ダグラス、ボーイング、そしてストラトクルーザー
 第4章 ジェット機時代
 第5章 747のリーダーに
 第6章 巨人、その姿を現す
 第7章 首も覚悟で
 第8章 主翼と重量に一大事
 第9章 747、ついにお披露目
 第10章 空へ
 第11章 世界を塗り替える
 第12章 新たなる任務
 第13章 チャレンジャー号の悲劇
 第14章 顧問としての第二の人生

◆SST計画の陰で

 『 私は興奮のあまり、小屋のなかを放心したようにうろうろし、意味もなくそこかしこ
  を小突きまわっていた。頭のなかは、前途に待ち構える仕事のことでいっぱいだった。
  ナンシーがシアトルから帰ると、電話で聞いた話の一部始終を伝えた。その後の二、三日は
  小屋でゆっくりしようと思っても、新しい仕事のことがどうしても頭を離れなかった。
  とうとう(隣人はさぞやホッとしたことだろう。あれ以来、ボーイング社からひっきりなしに
  電話がかかっていたのだ)、仕方なく町に戻ることにした。
   休暇を途中で切り上げた週の金曜日、私はラウジーをはじめ、この新展開で急遽駆けつけた
  ボーイング社の関係者と会った。彼らはひととおり自分たちの構想を話すと、今回の大型機の
  研究チームをさっそくつくるように命じた。取り急ぎ二十人ほど集めたが、八月末には100人
  のメンバーを認められるまでになった。こうして、ボーイング747が産声を上げたのである。
   技術開発リーダーになぜ私が抜擢されたのか。それはきっと、適任者で手が空いているのは
  私ぐらいだったのだろう。メイナード・ペンネル、ビル・クック、ボブ・ウィジントンなど、
  ベテラン技師の多くがアメリカの超音速旅客機(SST)の設計に駆り出されていたのだ。1965年
  当時、ボーイング社の最重要プログラムだったこの国家計画では、超音速旅客機ボーイング
  2707を世に送り出すために全社総出で事に当たっていた。
   あのころはみな、SSTが民間航空の未来像であると、と信じて疑わなかったふしがある。』


◆本命はSST?

 『 SSTの魅惑的な未来像にまんまとだまされたのは、航空機メーカーだけではなかった。現に、
  私が相手にした747の顧客あるいは顧客候補の航空会社はほぼ例外なく、ボーイング2707
  かコンコルドのいずれかを発注していた。
   サイズや性能に違いがあるとはいえ、747とSSTはじつのところ、航空会社の注文や資金を
  めぐって競合関係にあった。航空会社が収益を上がる方法はふたつあって、ひとつはペイロード
  (乗客と貨物)を増やすことだが、これこそ747が取った方法にほかならない。もうひとつ
  は、早く飛ぶことで一定時間内の飛行回数を増やすというやり方だ。言うまでもなく、SSTの
  裏にある意図はこれにつき、その登場によって移動時間が劇的に減ることが期待された。
   747はSSTが大陸間路線に就航するまでの「つなぎ」の亜音速ジェット旅客機であると、
  広く思われていた。ボーイング社のマーケティング担当者の念頭にもその考えがあり、
  旅客機としての747の売上は50機程度だろうと踏んだ。だがSSTが乗客を吸収したあとでも、
  航空会社は大陸間を飛ぶ大型貨物ジェット機が必要なはず、その用途に転用できれば
  747プログラムも採算が合う、というのが会社側の見解だった。
   そこで私は、当初から747を旅客用にも貨物用にも使えるようつくることにした。この
  「二本立て作戦」でいくという目標設定は、747の仕様確定に多大な影響を与え、のちの
  人気と成功を呼ぶ大きな要因となっている。』 


◆新しいビジネスモデル

 『 問題が突然持ち上がったは、ボーイング社の上層部が「747は大きすぎて自社だけで
  つくるのは無理だ」と妥当な判断を下したときだった。このため、アメリカ内外の航空宇宙
  メーカーに協力を仰ぎ、さまざまな部分の詳細設計や製造について下請契約を結んだ。
  ノースロップ社が胴体の大部分、グラマン社が後縁フラップ、リング・テムコ・ボード(
  LTV)社が尾部の大部分をつくる、といった具合に。』


◆大型プロジェクトの盲点

 『 そんな学びの場のひとつ、部下の大半が帰宅したあとのある夜のことだ。アル・ウェバーに
  翌朝出勤したらすぐに見てもらいたいものがあって、彼のオフィスに行ったところ、驚いた
  ことにまだ居残って仕事をしていた。主翼に取りつけ予定の着陸装置を支えるチタニウムの
  部材の問題に頭を悩ませていたのだ。データを渡して帰りかけたとき、彼のさえない顔が
  目にとまった。聞けば、「格闘中の設計問題は解決できる見通しだけれど、失敗作に取り組んで
  いるような気がしてならない」と言う。
   もう夜も遅い。ほっておいて帰ろうかとも考えたが、アルが全体像を知れば、そうふさぎ込む
  こともないのではないかと思い直し、プログラム全体について話し合うことにした。現状に
  対する私の考えを伝えると、彼はずいぶん気が楽になったと言った。
   家に帰る車のなかでアルとのやり取りを反芻しながら、私ははたと気づいた。非常に複雑で
  やっかいなプログラムに携わっている私たち全員、自分自身の問題にとらわれすぎていて、
  全体像が見えていないのかもしれない。そこでさっそく、その状況を正しにかかった。以来、
  747の技術チームには私並みの幅広い情報が行き渡るように腐心した。彼らの会議に顔を
  出したり、現場に出向いて緊急集会を開いたりして、販売情勢から、技術的な挑戦と成功、
  社内外の関連行事、将来の予想に至るまで、関係があると思われることはなんでも逐一伝えて
  いった。
   あの夜、アル・ウェバーと過ごした時間は、プロジェクトの士気に大いに影響した。まさし
  く効果てきめんだった。アルはプロジェクトでもベテランの技師で、広く尊敬を集めていた。
  そんな彼があおの話し合いの夜の契機に意気込みを新たにし、その積極姿勢が周りの
  プロジェクトの管理職に伝染したのだ。
   みなに情報を極力伝えようとした努力が実を結び、チームの一体感と士気は高まっていった。
  管理職の役割は単に指示を出すだけではない。「情報提供」も忘れてはならない。ということ
  を悟った。聞く耳はもっているつもりだったが(人の話を最後までちゃんと聞くほうだと自負
  している)、アルと一緒のあの夜に経験したリーダーシップの学びの場を通して、部下が
  自分はどんな立場にいるのかを知りたがっていることを学んだ。これは精神面で大事なことで、
  そうした情報がないと、士気の低下を招くことになる。』



★飛行機といえば、まっさきに、思い浮かぶのが、このジャンボです。
 でも、ボーイング社にとって、計画当初は日陰の存在だったり、
 地元シアトルでは、誰も、こんな大きな人工物が宙に浮くことを信じていなかったので、
 家族が辛い思いをしたなど、
 今となっては、信じられないエピソードがたくさんでてきます。


 巨大プロジェクトゆえに、
 困難につぐ、困難が、おそいかかっています。
 こんな本を、読むと、自分の経験など、可愛いものだと思えてきます(苦笑)。


本日は、この辺で。



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この記事へのコメント
新幹線に乗って通勤というのはちょっと憧れます。

それよりも、それだけ交通費を払ってもペイできる仕事能力を持っておられることが羨ましいです。
Posted by なべ at 2008年04月23日 10:44
なべさん、こんにちは!

コメントありがとうございます。
大変でしょうと、よく言われるのですが、かなり快適です。

確かに、定期をなくすのが、一番恐ろしいくらい高いのですが、
今のとこ、家賃がほぼ半額になったので、
イーブンかなと思います。

家賃が上がったり、定期代が上がると・・・。
Posted by ニタ@教えて会計 at 2008年04月23日 10:53